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最終更新日:2020.03.6

仙元誠三の経歴を調査!撮影監督の作品について!

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仙元誠三さんは、日本の映画カメラマンで撮影監督
をされています。

日本映画の名作の撮影監督を多数されています。

ここでは、

・仙元誠三さんの経歴を調査!

・仙元誠三さんが撮影監督がつとめた作品を紹介!

・まとめ

について、調べてまとめてみました。

最後に、動画を掲載しているので

あわせて、ご覧ください。

仙元誠三さんの経歴を調査!

仙元誠三さんの経歴はこちら

京都府出身。同志社大学中退。
1958年8月1日、松竹に入社。松竹京都撮影所にて撮影助手を務める。
1967年にフリーとなり、1969年の『新宿泥棒日記』で
撮影監督としてデビュー。

以来、主に村川透、澤井信一郎、工藤栄一、きうちかずひろらの監督作品を数多く手掛ける。

デビュー前はプロ野球選手を志しており、阪神タイガースの
入団テストを受けた経歴を持つ。

2014年、平成26年度文化庁映画賞の功労賞を受賞した。

2015年11月からは山形県東置賜郡川西町に在住。

引用元:Wikipedia

私は、映画鑑賞が趣味なのですが、結婚し息子が生まれてからは
映画館で映画を観ていません。

というか、それどころではありませんでした。

最近は、マゾンプライムでたまに映画を観る程度になりました。

息子も大きくなってきたので、そろそろ映画デビューさせようと
考えていたところ、仙元誠三さんの訃報のニュースを知りました。

仙元誠三さんは、撮影監督されていましたが、作品は後世にも残るので
いまさらながら、偉大なお仕事ですね。

昭和から平成にわたり、活躍された方々が亡くなっていくのは
寂しいですね。

仙元誠三さんが撮影監督がつとめた作品を紹介!

仙元誠三さんが、撮影監督をつとめられた作品を
みていきましょう。

『セーラー服と機関銃』は小さいながら覚えています。
薬師丸ひろ子さんの名セリフが印象的でした。

真似してました。

探偵物語

まとめ

撮影監督である仙元誠三さんが2020年3月1日に
お亡くなりになりました。

撮影された作品を改めて見直すと、
『あぶない刑事』シリーズは観てました。
テレビでは『西部警察』を観てました。

ご冥福をお祈りします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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